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東京地方裁判所 平成元年(ワ)11792号 判決 1991年12月26日

原告 セイシン・ドライビングスクール株式会社

右代表者代表取締役 須田徹

右訴訟代理人弁護士 田辺克彦

同 田辺邦子

同 田辺信彦

右訴訟復代理人弁護士 伊藤ゆみ子

被告 石川毅

右訴訟代理人弁護士 小野森男

主文

一1  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の自動車を引き渡せ。

2  右自動車の引渡しが不能なときは、被告は原告に対し、金一五〇万円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  主文一項同旨

二  被告は原告に対し、四七六六万三二二〇円及びこれに対する平成元年九月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、車両運転免許の技術習得に関する事業等を行うことを目的とする株式会社であり、被告は、昭和五九年四月一五日から昭和六三年一二月二八日まで原告会社の代表取締役の地位にあったものである。

2  被告は、原告会社の代表取締役の在任中、次のとおり合計四五八〇万円の取締役報酬を取得した。

昭和五九年四月から昭和六〇年三月まで 一〇二〇万円

昭和六〇年四月から昭和六一年三月まで 一〇二〇万円

昭和六一年四月から昭和六二年三月まで 一〇二〇万円

昭和六二年四月から昭和六三年三月まで 八四〇万円

昭和六三年四月から同年一一月まで 六八〇万円

3  被告が原告会社の代表取締役在任中、原告会社の株主総会は開催されなかった。

4  被告は、昭和六一年ころ、原告会社を代表し、原告会社の費用と名前で別紙物件目録記載の自動車(以下「本件自動車」という。)を購入し、現在これを占有している。

二  争点

1  取締役報酬の返還義務の有無

原告は、被告は株主総会の決議のないまま取締役報酬を取得しているが、右は法律上根拠のないものであるから取得した報酬は原告に返還されるべきであると主張するのに対し、被告は、原告会社の実質的な株主は訴外岩邊公明(以下「訴外岩邊」という。)の一名のみであり、被告の取締役としての報酬額は右訴外岩邊が決定したものであるから返還を要するものではないと主張している。

2  本件自動車の購入による損害賠償義務の有無

原告は、被告は本件自動車を私用で使用するため購入し、原告会社を退社した現在も占有していることによって、原告に一八六万三二二〇円の損害(購入代金三三六万三二二〇円と現在の価格一五〇万円の差額)を与えたと主張し、商法二六六条一項五号に基づき損害賠償を請求している。これに対し、被告は、右自動車の購入は私用のためではなく、訴外岩邊の了解も得ていると主張している。

なお、本件自動車の所有権が原告にあることは争われておらず、被告は右自動車の返還義務を認めている。

第三判断

一  取締役報酬の返還義務について

1  被告が原告会社在任中は株主総会が開催されたことはなかったというのであるから、少なくとも昭和六〇年四月以降に被告が取得した取締役報酬については商法二六九条の株主総会の決議がなかったものといえる。

2  被告は、原告会社の実質的な株主は訴外岩邊一名であり、被告の取締役としての報酬額は訴外岩邊が決定したものであると主張する。

そこで検討するに、《証拠省略》によると、以下の事実が認められる。

(一) 原告会社は、昭和五一年四月に、それまで個人で経営されていた公認自動車学校の業務を引き継ぐために訴外妻木四郎らによって静岡県清水市で設立された会社であるところ、昭和五二年、訴外岩邊は、右妻木から原告会社の全株式を買取り、原告会社のオーナーになった。

(二) 被告は、もと藤枝税務署の職員であったが、昭和四五年ころ、訴外志太宇部生コンクリート株式会社(以下「志太宇部生コン」という。)に引き抜かれ、同社の経理関係の仕事をしていた。

右志太宇部生コンの渡中惣之助社長が訴外岩邊と知合いであったことから、訴外岩邊が原告会社を買収した際、被告は右渡中社長に命じられて原告会社の経理をみたほか、名目的に非常勤の代表取締役に就任した。また、従前から原告会社の従業員であり、たまたま訴外岩邊の高校時代の同級生であった訴外久保田治(以下「訴外久保田」という。)がもう一人の代表取締役に就任した。訴外岩邊自身は取締役に就任しなかったが、実際の経営上の事項は訴外岩邊が決定していた。

(三) 昭和五九年になり、被告は、訴外岩邊と話合い、実質的にも代表取締役になって原告会社の経営に専念するため、志太宇部生コンを辞めることになった。被告は、志太宇部生コンでは、給与と役員報酬とで合計八〇万円程を得ていたため、訴外岩邊と被告の話合いの結果、被告の原告からの役員報酬は月額八五万円と合意された。被告は、同年四月に常勤の代表取締役になったが、それまで登記簿上は代表取締役であった訴外久保田は平取締役になった。このときの取締役の選任についての株主総会は開催されなかった。

なお、この役員登記をした際、原告会社の役員登記が五年以上されていなかったことから、被告と訴外久保田がそれぞれ五万円の過料に処せられている。

(四) 原告会社は、毎年三月が決算期であるが、原告会社の決算報告書によれば、被告が常勤の代表取締役になる前の第八期(昭和五八年四月一日から昭和五九年三月三一日まで)の決算では、年間約一億三八〇〇万円の売上で約四〇〇万円の経常損失を出したが、貸借対照表上の特徴は、負債の部に未払費用(その多くは税金や社会保険料、土地の地代)が約五六〇〇万円あるのに対して、資産の部に約六六〇〇万円の長期貸付金があることであり、その貸付の相手方は訴外岩邊であった。負債の部に多額の未払費用があり、資産の部に多額の長期貸付金があるという原告会社の経理内容はその後も改善されなかった。また、原告会社が赤字経営であることも変わらなかった。

(五) 原告会社の昭和五九年当時の発行済み株式は二万八〇〇〇株(一株の額面は五〇〇円)であり、株主は、訴外岩邊のほかに、同人の妻と娘、それに訴外久保田がいるが、訴外岩邊以外は名義上の株主であり、原告会社は実質的には訴外岩邊の一人会社である。

被告が常勤の代表取締役になってから、正規の株主総会は一度も召集されてはいないが、これについて訴外岩邊などから文句が出たことはなかった。また、原告会社は、毎年決算報告書が作成されており、これには役員報酬額も記載されているが、訴外岩邊を始めとして誰からも被告の報酬額には異議が唱えられたことはなかった。

(六) 訴外岩邊は、昭和六三年一一月ころ、原告会社の株主として、被告及び原告会社を相手方として静岡地方裁判所に対して被告の代表取締役等職務執行停止の仮処分申請をし(同裁判所昭和六三年(ヨ)第三六一号事件)、同年一二月一五日、右事件において、訴外岩邊と被告との間で和解が成立した。右和解で、被告は訴外岩邊に対して、原告会社の代表取締役を同年一二月二八日限り辞任することを約束し、訴外岩邊は被告に対して、被告が連帯保証人、物上保証人になって原告が金融機関から借り受けた債務について、被告の保証債務を解約し、物上保証した担保の登記抹消をすることを約束するとともに、原告会社が被告に支払うべき債務があるときは訴外岩邊がこれを支払うことを約束している。

3  右認定したところによると、訴外岩邊は、実質的には原告会社の全株式を所有しており、原告会社はいわゆる一人会社であるということができ、また、被告の原告会社での取締役の報酬は被告と訴外岩邊との話合いで決まったものと認めることができる。

訴外久保田は、原告の名義上の株主ではなく、訴外久保田名義の四六〇〇株は実際に金を出して株を買った、買った価格は二〇〇〇万円ないし三〇〇〇万円であり、株券は訴外岩邊に預けてあったと証言しているが、右は多額の金員を出捐したとする割には金額が曖昧であるだけでなく、二〇〇〇万円以上も出して買った株券を訴外岩邊に預けたというのも不自然であり、信用できない。なお、訴外岩邊は、はじめ訴外久保田の株は名義株であったが、訴外久保田が会社の資金繰りのために二〇〇万円出してくれたから株をあげたと証言しているが、それにしては、株券が訴外久保田のもとになかったのは不自然であり、右証言も信用できない。むしろ、訴外岩邊は昭和五二年に原告会社を買収して以来、訴外岩邊が自他ともに原告会社のオーナーと認識されていること、仮処分事件の和解においても、訴外岩邊が原告会社の被告に対する債務等を全面的に引き受ける内容の和解をしていること、訴外久保田以外の株主は訴外岩邊の妻と娘であること、昭和五九年四月の時点で五年以上も役員登記がなされていないことから昭和五九年以前も株主総会は開かれていなかったと推認できることなどに照らすと、原告会社の意思決定は訴外岩邊によってなされており、訴外岩邊以外の株主は名義上の株主にすぎないと認めるのが相当である。

また、訴外岩邊は、被告を常勤の代表取締役として迎えるにあたり、被告の報酬については何の話もしていなかったと証言するが、被告は、それまで勤めていた志太宇部生コンを退職するのであるから、原告会社での被告の待遇、とりわけ報酬が話題にならないはずはないと思われ、信用できない(訴外久保田は、同人の取締役報酬は訴外岩邊が決めたと証言している。)。

4  ところで、取締役の報酬を株主総会の決議によらせた趣旨はいうまでもなく株主の保護にあるところ、実質的な株主が一人しかいない、いわゆる一人会社のような場合、正規の株主総会の手続が取られなかったとしても、唯一の株主の意思によって取締役の報酬額が決定されたときには、株主保護の実質は図られているということができるから、正規の株主総会の決議がなかった場合であっても、これがあったと同視すべきであり、これによって取締役報酬を取得した者もこれを不当に利得したことにはならないものというべきである。

したがって、本件においても、唯一の実質的な株主である訴外岩邊の意思によって被告の取締役としての報酬額が決定されている以上、被告は、これによって取得した報酬を返還する義務はないものとせざるをえない。報酬の返還を求める原告の請求は理由がない。

二  本件自動車購入による損害賠償について

《証拠省略》によると、被告は、原告会社の常勤の代表取締役になった昭和五九年四月から、自宅のある焼津市から原告会社の自動車学校がある清水市まで自分の車で通勤していたが、同年六月、車検の時期が来たため、訴外岩邊の了解を得て、通勤用に原告会社の名前で自動車を購入したこと、その購入のために自分の自動車を下取りに出して代金の一部に充てたが、残りは原告会社が支払ったこと、昭和六一年一二月になり、右自動車が追突されてフレームが歪んだため、被告はこの自動車を一三五万円で下取りに出し、本件自動車を購入したこと、本件自動車の価格は諸費用を含め約三六五円であるが、下取り価格を控除した残金約二三〇万円を原告会社が支払ったこと、以上の事実が認められる。

右によると、被告が通勤用に自動車を購入したことについては原告会社のオーナーである訴外岩邊の了解もあり、本件自動車の購入については原告会社の当時の経営状態等について鑑みると相当であったか否かは疑問がないわけではないが、代表取締役の裁量の範囲内の行為であると考えられ、本件自動車の購入及び被告がこれを使用したことを法令定款に違反する行為ということはできない。

また、被告が原告の代表取締役を辞任した後も本件自動車を占有していることは被告の自認するところであるが、この間に本件自動車の価格がどれほど減少したかは不明である。

したがって、本件自動車の購入、使用に基づく損害賠償についてはこれを認めることはできない。

三  本件自動車の返還請求について

本件自動車の所有権が原告にあること、被告に本件自動車の返還義務があることは被告の自認するところである。

また、《証拠省略》によれば、本件自動車の現在の価格は概ね一五〇万円であることが認められる。

そうすると、本件自動車の返還、これが不能なときは返還に代えて一五〇万円の代償を求める原告の請求は理由がある。

(裁判官 大橋弘)

<以下省略>

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